仏像は大きく分けて4種類
仏像は最高位のものから順に、以下の4種類に分けることができます。
- 如来像(にょらいぞう)
- 菩薩像(ぼさつぞう)
- 明王像(みょうおうぞう)
- 天部像(てんぶぞう)
この4種類の仏にくわえて「神像」「高僧像」「鬼」なども存在します。
如来、菩薩、天部の誕生は1世紀ごろとされています。
仏教の開祖である釈迦(しゃか)は、自身を信仰の対象にするようには教えなかったため、その姿を直接的にあらわすこともなかったのです。
しかし釈迦の入滅から数百年後、僧だけでなく衆生を救おうと考える「大乗仏教」の発展とともに、釈迦の姿をあらわした如来像をはじめ、多種多様な仏像が制作されはじめました。
明王像は7世紀ごろ、密教の発展とともに制作されていきます。
如来像(にょらいぞう)
「如来」(にょらい)とは仏教において悟りを得た存在のことを示します。
仏教の開祖である釈迦(しゃか)や、極楽浄土に住まうとされる阿弥陀(あみだ)などをあらわした仏像は、如来像のひとつです。
仏教においては「悟りをひらき真理を体得すること」が根本とも言えるほど大切なことなので、悟りを得た存在をあらわした如来像は仏像のなかでも最上位とされています。
手の形(印相)に意味が込められていたり、悟りを開いたことにより得られた超人的な特徴が備わっていたりするのが特徴です。
菩薩像(ぼさつぞう)
「菩薩」(ぼさつ)とは、「菩提薩埵」(ぼだいさった/ボーディ・サットヴァ)の略で、悟りを求める者のことを示します。
つまり「如来」(にょらい)になる前の段階にあたり、悟りを得るための修行をしながら、衆生(しゅじょう)を苦しみから救い続けていく存在です。
如来につづいて位の高い仏像とされています。「観音菩薩像」(かんのんぼさつぞう)や「弥勒菩薩像」(みろくぼさつぞう)などが有名です。
修行僧というと貧相なイメージかもしれませんが、釈迦が悟りを開く前は釈迦族の王子だったことから、菩薩像は優美な姿であらわされることが基本形となります。
明王像(みょうおうぞう)
「明王」(みょうおう)とは、呪文の王者という意味をもつ名前です。
ここでいう呪文とは密教における「真理をあらわす秘密の言葉」(真言)のことであり、仏教を信じない人々を教えに導く役割をになっている存在を示しています。
一般的には憤怒(ふんぬ)の形相であらわされ、燃えさかる炎を背負っているのが明王像の特徴です。なぜこのような恐ろしい見た目なのか、というと以下のような理由があります。
- 反仏教の人々を畏怖させてでも帰依させるため
- 反仏教の人々の愚かさに心を砕き悲しんでいるから
- 反仏教的な煩悩や悪にたいして怒っているから
「不動明王像」(ふどうみょうおうぞう)をはじめとする「五大明王」が代表的です。
天部像(てんぶぞう)
「天部」(てんぶ)または「天」(てん)とは、サンスクリット語で神をあらわす言葉。天部像は異教の神々が仏教を守護する神に転じたものをあらわしています。
たとえば梵天(ぼんてん)は、バラモン教の最高神ブラフマンが仏教に取り入れられたもの。
また帝釈天(たいしゃくてん)は、古代インドのバラモン教・ヒンドゥー教・ゾロアスター教における武神インドラが仏教に取り入れられたものです。
それぞれの天部像に共通する姿はなく、個性的にあらわされています。
その他の仏像
神像
「神像」(しんぞう)は、神道における神が仏像の影響により像として制作されたものです。
日本古来の神と仏とを同一とする神仏習合(しんぶつしゅうごう)の思想によって生まれた「習合神」の像や、日本古来の神を表した像があります。
高僧像
修行僧や高僧をあらわした像も存在します。
たとえば釈迦の弟子のなかでもとくに優秀だった10人をあらわした「十大弟子像」。
奈良時代に唐(中国)から渡来して日本に仏教を広めた鑑真、飛鳥時代に日本で仏教を広めた聖徳太子なども像としてあらわされています。
鬼の像
仏教において「鬼」とは、災いをもたらす「邪鬼」(じゃき)や、輪廻転生によって餓鬼道(がきどう)に落ちた「餓鬼」(がき)などを指します。
毘沙門天(びしゃもんてん)に踏みつけられる邪鬼の像などがあります。
狛犬・獅子の像
神社やお寺で見かける、狛犬(こまいぬ)の像。
その起源は古代インドにて、仏像の守護獣として2頭の獅子(しし)、つまりライオンを設置したことだと考えられています。
中国を経て唐獅子(からじし)として日本にも伝わりましたが、平安時代になると日本独自の形に変化します。
一般に、向かって右側には口を開けた獅子像「阿形」(あぎょう)、そして左側には口を閉じた狛犬「吽形」(うんぎょう)が設置されるようになりました。
また狛犬には角(つの)があるのも特徴です。